毎日ほんにお暑うございます。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
美味しそうなかき氷はネットのお借りもの。
ごめんなさい、ちょっと清涼感にお借りしました。
きょうは自分のお稽古日で、暑いなか新快速の遅延にもめげずレッスンに励んでまいりました。
ですが、見事にこっぱみじん。
練習していったのにぃぃぃ。
なかなかに難しいです。
先生のおっしゃることの意味が、ゆっくり考えると理解できるのですが、「ほないくよー♪」の軽快な号令のもと、いざっとなると、教わったコツの意味がただの字面になってちっとも有効には使いこなせないのです。まあその場でできなかったとしても、とりあえず仰ることの意味がわかれば、つぎのレッスンまでしっかり自主練に励めばいいことなんですが。
しかし。
しっかり取り組んだつもりの練習が、そのまま仇になることもあるわけで。
そのあたり、「わかる」という事の奥深さを憂います。
感覚的に違いが掴める内容であればいいんですが、わからないときが危ういんです。
こういうとき、やっぱりふり返ってしまいます。
英語のレッスン中でも、伝えたから「わかる」・説明したから「わかる」だろうと、わたしたち講師はついつい思いがちですが、実のところ、できるようになるまでの道程は、そんなに単純なことではないのですよね。
聴けばわかるけれど、自力で思いだせるかどうか。
言われればわかるけれど、自分で説明できるかどうか。
考えればわかるけれど、感覚的にも得心がいってるかどうか。
理屈ではわかるけれど、その通りにできるかどうか。
(もっとあるかなあ?)
いま揚げてみた4つの「できない」道のりを分類してみると、
記憶・論理・感覚・訓練
になるわけだけど、なんか全く未整理ですね……。なんかもっともっとありそうだなあ。
これはもう少し整理しておきたい内容です。
できないときのジレンマや難しさの引き出しは、もっとしっかり整理しておきたい。
いまはまだコレだけしか思いつかないので、ここで記事をおきます。
でも、改定したい文面や内容が出てきたら、どんどん書き直していこうと思います。みなさまも、何かお気づきのことがあればお教えくださいね。
ホント、どっちもむずいわぁ(T__T)
追伸 全然、涼しくない記事になってしまいまひた^^;